近藤史恵『サクリファイス』〜ブックレビュー〜 [小説・本の紹介]
なかなかブログに向き合うことができず、更新が少なくなっています。そうこうしている間に読んだ本が溜まってきたので、少しずつ記事にしていこうと思います。
近藤史恵さんの小説『サクリファイス』。ハードカバーが出たのが2007年ですから、だいぶ経ってから文庫での拝読です。短編集『Story Seller』でこの物語のスピンオフ短編を読んで興味を持って、文庫になるまで待っていました。
主人公はプロのロードレースチームに所属する青年・白石誓(ちかう)。彼には陸上選手として期待されながら、突然陸上をやめ、自転車競技に転身した経歴がありました。
プロチームは国内を中心にツアーを回り、各地を転戦します。主人公の所属するチーム・オッジはエース石尾を中心にレースを戦い、他の選手は彼をアシストすることで役割を果たします。主人公はエースを勝利に導く【アシスト】という役割にやりがいを感じながら、自転車競技を戦います。
物語は主人公の主観で書かれ、チームメイトやライバルとの人間関係やレース中の駆け引きが躍動感とともに描かれていきます。日本を縦断するツール・ド・ジャポンの戦いを前半の山として、後半はヨーロッパ遠征リエージュ・ルクセンブルクを描き、そこで起きてしまった悲劇から、物語はサスペンスへと展開していきます。
私がまず感じたのは、自転車競技の魅力です。物語のキーとなるのが自転車競技の他にないという意味で唯一にして、最大の特徴である【アシスト】というシステムです。自転車ロードレースは基本的にチームで戦われ、チーム全員でチームの中の一人(エース)を引っぱって(具体的には風よけ等になって)、エースの力を温存させてレースを運び、最終的にエースをトップにすることが争われる競技です。
ただし、記録上、この競技は個人競技なのです。賞金等はチームで分配されますが、記録に残るのは優勝した個人の名前のみ。勝利への過程はどうであれ、実績や名誉はエース個人に与えられるのが自転車レースなのです。
そこで効いてくるのが本書のタイトル『サクリファイス』。「犠牲」と訳すか、もっと生々しく「いけにえ」と訳すかは難しいですが、まさにこのレースの【アシスト】の役割をピンポイントに表現している言葉だと思います。
誰もがエースを夢見て努力する中、【アシスト】は自分の天職だと感じて走る主人公の心理描写は、とても清々しく描かれています。ところが、その裏にある彼の過去が描かれるとき、彼の晴れやかさは読者に強烈なジレンマを投げかけてきます。
また、エースである石尾も華やかな役割とは裏腹なストイックさとともに描かれます。それは彼の勝利が【アシスト】の犠牲の上に存在するということを、彼が深く理解しているからです。そしてこのことが、物語の結末と『サクリファイス』というタイトルに一層の深みを与えています。
私は主人公の【アシスト】に徹するという生き方が、とても素敵だと思い、共感しました。トップを目指すのは性に合わない、でも誰かをトップにするためなら命さえも惜しまない、美しい生き方だと思います。そして、それを評価する価値観がこの世界にはあるんです。
この本はおそらく、自転車競技の入門書としても良質だと思います。馴染みの薄い自転車レースの専門的な用語やルールも無駄なく、無理なく文中で解説されていて、一冊読めば実際に見てみたいという衝動に駆られるほどです。
ガラにもなく書評めいた書き方をしてしまいました。素人の戯言としてお許し下さい。
今、誰かのために少し自分の生活を犠牲にしてみる。もしかしたらそれは、我慢じゃなくて「分かち合い」なのかもしれません。節電で、日本を【アシスト】してみませんか?
おあとがよろしいようで。
近藤史恵さんの小説『サクリファイス』。ハードカバーが出たのが2007年ですから、だいぶ経ってから文庫での拝読です。短編集『Story Seller』でこの物語のスピンオフ短編を読んで興味を持って、文庫になるまで待っていました。
主人公はプロのロードレースチームに所属する青年・白石誓(ちかう)。彼には陸上選手として期待されながら、突然陸上をやめ、自転車競技に転身した経歴がありました。
プロチームは国内を中心にツアーを回り、各地を転戦します。主人公の所属するチーム・オッジはエース石尾を中心にレースを戦い、他の選手は彼をアシストすることで役割を果たします。主人公はエースを勝利に導く【アシスト】という役割にやりがいを感じながら、自転車競技を戦います。
物語は主人公の主観で書かれ、チームメイトやライバルとの人間関係やレース中の駆け引きが躍動感とともに描かれていきます。日本を縦断するツール・ド・ジャポンの戦いを前半の山として、後半はヨーロッパ遠征リエージュ・ルクセンブルクを描き、そこで起きてしまった悲劇から、物語はサスペンスへと展開していきます。
私がまず感じたのは、自転車競技の魅力です。物語のキーとなるのが自転車競技の他にないという意味で唯一にして、最大の特徴である【アシスト】というシステムです。自転車ロードレースは基本的にチームで戦われ、チーム全員でチームの中の一人(エース)を引っぱって(具体的には風よけ等になって)、エースの力を温存させてレースを運び、最終的にエースをトップにすることが争われる競技です。
ただし、記録上、この競技は個人競技なのです。賞金等はチームで分配されますが、記録に残るのは優勝した個人の名前のみ。勝利への過程はどうであれ、実績や名誉はエース個人に与えられるのが自転車レースなのです。
そこで効いてくるのが本書のタイトル『サクリファイス』。「犠牲」と訳すか、もっと生々しく「いけにえ」と訳すかは難しいですが、まさにこのレースの【アシスト】の役割をピンポイントに表現している言葉だと思います。
誰もがエースを夢見て努力する中、【アシスト】は自分の天職だと感じて走る主人公の心理描写は、とても清々しく描かれています。ところが、その裏にある彼の過去が描かれるとき、彼の晴れやかさは読者に強烈なジレンマを投げかけてきます。
また、エースである石尾も華やかな役割とは裏腹なストイックさとともに描かれます。それは彼の勝利が【アシスト】の犠牲の上に存在するということを、彼が深く理解しているからです。そしてこのことが、物語の結末と『サクリファイス』というタイトルに一層の深みを与えています。
私は主人公の【アシスト】に徹するという生き方が、とても素敵だと思い、共感しました。トップを目指すのは性に合わない、でも誰かをトップにするためなら命さえも惜しまない、美しい生き方だと思います。そして、それを評価する価値観がこの世界にはあるんです。
この本はおそらく、自転車競技の入門書としても良質だと思います。馴染みの薄い自転車レースの専門的な用語やルールも無駄なく、無理なく文中で解説されていて、一冊読めば実際に見てみたいという衝動に駆られるほどです。
ガラにもなく書評めいた書き方をしてしまいました。素人の戯言としてお許し下さい。
今、誰かのために少し自分の生活を犠牲にしてみる。もしかしたらそれは、我慢じゃなくて「分かち合い」なのかもしれません。節電で、日本を【アシスト】してみませんか?
おあとがよろしいようで。
やまさん、niceありがとうございます。
by イソップ (2011-03-27 15:56)